1.心のありか

 最近、クロムさんの様子がおかしい。なんだかいつもぼんやりしているし、話しかけても8割くらいは「ああ……」とか「うん?」とかいった的はずれな返事が返ってくる(これはヴェイクさんが戦場に武器を忘れてくる確率よりはるかに高い)。一緒にいてもどうも上の空な気がするし、視線を感じて見つめればあからさまに目をそらされる。少し前に告白されるに至った時も様子がおかしかったけれど、その時のように避けられているわけじゃない。それなのにどうにも違和感がぬぐえない。つまり、有り体に言えばまた何か隠し事をしているんじゃないかという気がするのだ。

「ふう……一体どうしたというんです、クロムさん」

 自分の天幕へと戻る道すがら、私はついさきほどのやり取りと彼の様子を思い返し、思わずため息をついた。今まで私は当のクロムさんと今後の軍の動かし方について相談していたのだ。


『明日、この近くの街に行商の一団がやってくるそうです。情報ではかなり大規模であらゆる物資を取り揃えている良質な商隊だそうですよ。ですから、そこで不足している物資を補給してからこちらの道を一気に進むほうが……って、クロムさん聞いてますか?』
『ん? あ、ああ。ちゃんと聞いている』
『……私、今何て言いました?』
『えーと……こっちの道を進もうって?』
『もう! 大事なことが抜けてるうえにそっちの道じゃありません! やっぱり聞いてなかったんですね』
『す、すまん』
『最近どうもぼんやりされていませんか? 何か悩み事があるなら、私でよければ力になりますよ』
『えっ?! あー……いや、大丈夫だ。悩みなんてない、心配するな。それより、すまないがもう一度説明してくれ』
『……なんか釈然としない返事ですけど、それならいいんです。今度はちゃんと聞いていて下さいね』

 クロムさんの態度はどう考えても怪しい。前回の一件でもよくわかったけれど、クロムさんはとても正直で真っ直ぐな人だ。正面からぶつかれば誤魔化しきれない、そんな人だ。そこも彼を好きな理由のひとつなのだろうと思いつつも、だからなおさらさっきの態度は不審に映る。
 ああ、こんなに気になるならあっさり食い下がらないで、もっとちゃんと訊いてみれば良かったかもしれない。もしかして私には言えないような何かがあるんだろうか。それか、私自身に関係があることだとか。何にせよ、こんなすっきりしない気持ちでは私だってどうにも落ち着かない。落ち着かないばかりか、本当に私と彼の想いが通じ合っているのかどうかすら心もとなくなってくる。立場上おおっぴらにすることは出来なくとも、せっかく恋人同士になれたのに、これではそれ以前と何ら変わりないような気さえした。

「……なんだか、不安になってくるじゃないですか、クロムさん……」
「あっいたいた! ルフレさーん!」
「ひょああっ!?」

 アーマーナイトでも背負わされているような、ずうんと重く沈んだ心持ちのところへいきなり後ろから声が飛び込んできたものだから、どこから出たのかわからないような変な声が喉から飛び出した。びっくりしている心臓をなだめつつ声の方へ振り返ると、申し訳なさそうに笑みを浮かべるリズさんが立っていた。

「そ、そんなに驚かれるとは思わなかったよ」
「り、リズさん?」
「ルフレさんのこと探してたの。マリアベルがお茶を淹れてくれるから一緒にお茶会しようと思って誘いに来たんだよ。ね、ね、ルフレさん、今から予定空いてる?」

 リズさんからの提案は曇天のような私の気持ちに一条の光を照らしてくれた。そうだ、こんなときは気分転換するにかぎる。どうせ今後の予定だって、あってないようなものだったのだ。二人と一緒に楽しく過ごせれば、気持ちだってすっきり晴れるに違いない。
 断る理由を探すほうがむしろ難しいくらいで、私は二つ返事でリズさんにこたえた。

「はい、是非ご一緒させて下さい」
「良かったー! マリアベルも喜ぶよ。さ、行こ!」

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ムク / 2012年5月8日
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